2015年9月29日(火) スーパームーンの女

近くの川岸に古びた家がある。外壁にツタのからまった、ちょっと謎めいた家だ。空き家と思っていたが、先日、窓がすこし開いてカーテンが揺れていた。だれか引っ越してきたらしい。
9月27日の中秋の名月の夜、いつものように散歩していると、私の前を一人の老婦人が歩いていた。私が追い越そうとすると、「すみません、この先はどこに行くのですか」と聞かれた。私が「どこかお探しですか」と聞くと「いいえ、別に。お引き止めして失礼しました」と答えた。年はとっているが、きれいな女性だった。若いときはさぞ男性にもてただろう。
翌28日はスーパームーンとかで、テレビが騒いでいたとおり、大きくて美しい月だった。かぐや姫がほんとうに月の中にいて、光り輝いているのではないかと思うほどだった。その日もやはり、私の前をあの婦人が歩いていた。私は思い切って声をかけ、少しだけ話をした。彼女は一人住まいで、まもなく息子さんの家族が引っ越してくるらしい。「では賑やかになりますね」と言うと、「ええ、でも私は静かな方が好きなので」という。それから二人で黙って月を見上げ、では、と言って別れた。
それ以来、川岸を歩いても彼女の姿を見ない。あのツタのからまる家に彼女はいるのだろうか。私にはやはり、彼女はかぐや姫で、あの月のきれいな中秋の名月の夜とスーパームーンの夜だけ、今の姿で出てきたのだと思えてならない。

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