ある思い出

 最近、鉄道が高架ばかりになって、踏切というものを見ない。だから数日前、都内で久しぶりで踏切を見かけて、ふと、忘れていた遠い昔のことを思い出した。

 幼いころの私の家は電車の線路の近くにあった。学校からの通り道には無人の踏切があり、そこを渡ることは両親からかたく止められていた。

 小学校に入ったばかりのある夕方、近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんが走っていくので、私もわけもわからず追いかけていった。たちどまった子どもたちが息をころして見つめていたのは、あの踏切だった。そこには無造作にムシロが広げてあり、そのムシロからは足が見えていた。「女だな」と、人だかりのなかの男の人がポツンといった。

 それからしばらくは、その踏切を避けて学校に通っていたが、しだいに恐怖心もうすれて一人でも近くを通れるようになったある日のこと、踏切を電車が走り去り、遮断機があがるとそこ若い女の人が立っていた。

 夕食のとき、踏切に女の人が立っていたよ、と私が言うと父が、「そりゃ、あの女のユーレイだな」と言った。私は恐しさのあまり泣き出し、それから数日は夢でうなされたそうだ。父が母にこっぴどく叱られたことは言うまでもない。

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