春は自転車に乗って

 春。雪がとけてメダカが泳ぎだし色とりどりの花々がほころび始めるこの季節は、日本では新しいことが始まる心躍るときだ。
 私のところも、うれしいことに、例外ではない。我が家の狭い玄関先に、この4月から、親戚の女の子の自転車がとまっているのだ。これを変化といわずしてなんと言おう。
 JRで高校に通うことになった彼女は、朝、自宅から自転車で来て我が家に駐輪、近くの駅から電車に乗る。夕方になると電車で帰ってきて、我が家から自転車で自宅にもどるというルーティンだ。
 そういうわけで、私にはあたらしく駐輪場のオバサンという肩書が増えたわけだが、あいにく夜型人間なので、肩書には似合わず、起床時間は遅い。ボサボサ頭であくびしながら、おもむろにドアからそっと覗くと、黒い細身の自転車だけが見える。むろん、本人はすでに高校に行ってしまったあとだ。
 それでも、玄関先に自転車が置いてあるなんて今までにはなかった新鮮さだ。よく女性が護身用に、表札に男性の名前を書き加えたり、男ものの洗濯物を干したりする話を聞くが、さりげなく自転車が置いてあるのは、見かけ上もなかなかよいもの。ルンルン、と鼻歌も出ようというものだ。
 歓迎のつもりで、玄関に桜の花束を置いたりしたが、自転車の出し入れには邪魔だったかもしれない。
 これから3年間、雨の日も風の日もかようであろう彼女の自転車が、何事もなく玄関先にとまり続け、無事に卒業の日を迎えることを祈っている。
 「おはよう」「おかえりなさい」「きをつけてね」