2015年11月10日(火)比叡山の秋

比叡山は、京都市と滋賀県大津市にまたがる日本仏教の聖地である。高野山と並んで古くから信仰の山とされ、今でも「千日回峯行」などの厳しい修行が続けられていることでも有名。延暦寺は、平安時代初期に最澄により開かれた日本天台宗の本山寺院で、円仁、円珍、良忍、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など、数々の名僧を輩出していることから、「日本仏教の母山」とも称されるのだそうだ。以上はみな、パンフレットからの受け売りである。私にはとても覚えられない。また、平成6年には、1200年の歴史と伝統が高い評価を受け、ユネスコ世界文化遺産に登録された。

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延暦寺山内を彩る秋

先日、その比叡山にのぼってきた。延暦寺では来年度から、国宝の根本中堂と重要文化財の廻廊を約十年かけて改修すると聞いて、改修前に参拝しなくては十年後にはどうなるか分からないと思ったからである。広い山内を東塔、西塔、横川と巡拝し、終点の比叡山山頂まで行った。人影もない山頂をあてもなく歩いていると、「根本中堂まで徒歩30分」と書かれた小さな案内板を見つけた。これはいい、山道を下って根本中堂まで行ってみよう。秋たけなわとOLYMPUS DIGITAL CAMERA言うには少し早かったが、それでも深山の秋は素晴らしかった。ふと見ると「東海自然歩道」の案内の横に「京都一周トレイル」の文字が! なんと、この道をたどれば、歩いて京都が一周できるのだ! ムラムラと「歩きたい病」が湧き上がる。いつかはトレイルで京都一周するぞと心に誓って歩いていると、東塔と阿弥陀堂にたどりついた。おりしも数名の僧侶の方がたによるご祈祷の最中だった。夕方の法要のお経と紅葉はよく似合った。

2015年11月8日(日)ウサギのまいた種はいつ芽がでるの?

種まきうさぎ

種まきうさぎ

映画『種まきうさぎ』を見に、ポレポレ東中野にいった。「ポレポレ」とは、スワヒリ語で「ゆっくり、ゆっくり」という意味だそうで、Wikipediaによれば、ポレポレ東中野は、中野区内では唯一の映画館で、スクリーンの大きさに対して客席が少なく、客席1席あたりのスクリーン面積が日本で最も広い映画館なのだそうだ。ドキュメンタリー作品や新人作家作品などを中心に独自の上映スケジュールがなされるとあり、『種まきうさぎ』もその一環であろう。

東日本大震災と原発事故からすでに4年半がたち、しだいに薄れていく当時の記憶。福島の高校生たちが、被災地福島の姿を知ってほしいと自分たちの経験を朗読して全国によびかけた。『種まきうさぎ』はその4人の女子高校生たちの姿から始まり、大地や海を離れられない福島の農民や漁師たちの生き様をえがいたドキュメンタリー映画だ。ナレーションは大竹しのぶ。日曜日の昼間というのに、広くは無い映画館の中に観客の姿はまばらだ。上映後は、監督の森康行氏と「うさぎ」のメンバー尾形沙耶也子嬢が、この映画を作った心境などを語った30分のトークイベントが続いた。

福島市の西部に位置する吾妻小富士には、春になり山の雪が解け始めると、雪が白いウサギの形に残る。里の人々は山肌に現れるこのウサギを「種まきウサギ」とよび、苗代に種をまき始めるのだそうだ。4人の高校生「種まきウサギ」たちの撒いた種は、はたしていつ芽を出し、どんな花を咲かせるのだろう。

2015年11月1日(日)華やかに、でも寂しく

江戸東京博物館から会報が届き、その中に、小金井公園内の東京都指定有形文化財「旧自証院霊屋」が、東京文化財ウィーク2015の期間中だけ内部公開されているとあったので、急いで拝観に行った。

自証院は徳川の三代将軍家光の側室で、「お振の方」と呼ばれていた女性。のちに尾張徳川家に正室として嫁いだ娘・千代姫が、1652年に母の菩提をとむらうため市ヶ谷にある自証院に霊廟をたてたもの。その後、数回の修理が施されたが、明治になって解体され、再建されずにいたが、彫刻や彩色の価値により、小金井公園内の江戸東京たてもの園に移築され修理された。公開された霊屋は、中央部に須弥壇のみが置かれていただけだったが、扉と左右の蔀戸が開け放たれて、秋風が爽やかに吹きわたり、日の光がきらびやかな屋内OLYMPUS DIGITAL CAMERAを映し出していた。

お振の方については、いろいろな物語がある。ここに紹介するスペースは無いが、江戸城の大奥を華やかに彩った女性の一人である。昨年末に徳川家の菩提寺である増上寺と、今年になって同じく菩提寺の寛永寺の霊廟を拝観し、さらに数日まえには川越の喜多院で、「家光誕生の間」や「春日局お化粧の間」をたずねてきたので、ここにも徳川家にゆかりのある霊屋を見て、なにか因縁を感じてしまった。おそらくこの霊屋では御霊を供養することはあるまい。祀られていたお振の方の御霊は、今どこにいるのだろう。子ども連れの家族やアベックが、色鮮やかな霊屋をもの珍しそうにのぞいていった。