江戸城(東京都千代田区)

 東京の中心地に立ち並ぶ高層ビルに囲まれて、ひっそりとたたずむ広大な緑の森、それが皇居であり、かつての江戸城だ。
 歴史の本によれば、江戸城が例の山吹の歌で親しい太田道灌によって築城されたのが1457年とのこと。1590年、徳川家康が駿府から入ったときは、茅葺きの家が立つ荒れ果てた土地であったという。
 その後、関ケ原の戦いで政権を掌握した家康はじめ、秀忠・家光がその本拠地として改修をかさねた。とくに江戸開府以降は、世にいう天下普請の城として、諸大名に木材や石材を運ばせて、天守台と天守、石垣を築き、堀普請を行った。
 こうして大幅に改修された江戸城は、1657年の名高い明暦の大火をはじめとする数々の火事、関東大震災、東京大空襲などにもめげず、必要に応じて改修が行われ、いまもなお国内最大の城郭として威容を誇っている。
 この巨大な城の歴史はあまりにも有名で、ここに改めて書くこともない。江戸城の遺構はそれほど残ってはいないが、今も東京の中心地にあり、皇居として天皇が住まわれている。

東御苑に残る巨大な天守台

 お住まいの吹上御所周辺はうっそうとした森に包まれ、特別の許可がなければ入ることはできないが、1968年から一般公開されている東御苑は、現在、人気の観光スポットとなっている。
 広大な芝生の広場は、かつて江戸城の本丸御殿が建っていた場所で、御殿には表・中奥・大奥の区域があった。さらに巨大な本丸天守台も必見である。天守は慶長度(1607年)・元和度(1623年)・寛永度(1638年)と三度築かれたが、明暦の大火で焼失した以後は建てられることはなかった。
 東御苑に入る大手門は、かつての大名たちの登城門であり、枡形や渡櫓門が江戸城の面影をのこしている。二の丸・三の丸が立っていた場所は、現在は皇居附属庭園として整備され、静かな庭園が広がっている。

二の丸庭園

 以前このブログに「内濠に沿って歩く」という一文を載せたので、参照していただけるとありがたい。